資料集

敗血症診断の歴史

【 敗血症診断の歴史 】

 全身の臓器障害につながり、高い致死率となる敗血症。しかしなかなか広く一般に浸透しないこの疾患です。原因の一つに、病態の把握のしにくさや、定義や診断基準の変遷があったことが挙げられます。ここでは、敗血症の歴史について見ていきたいと思います。

敗血症の概念は紀元前に遡る

 ヒポクラテスの時代から敗血症の概念はあり、大腸由来の有害物質が起こす自家中毒と考えられていました。敗血症=Sepsisの語源は、ギリシア語で崩壊や腐敗を表す「septikos」からなるようです。敗血症の敗は腐敗の敗ということなのかもしれません。

 

Geroulanos S, Douka ET. Historical perspective of the word "sepsis". Intensive Care Med. 2006 Dec; 32(12):2077.

 

 

敗血症と菌血症

 1914年、Schottmüllerにより「微生物が局所から血流に侵入した病気」が「septicemia」と定義されました。本来無菌状態の血液中で細菌が活動している状況で、これは現在では菌血症とよばれます。Septicemiaの定義以来、近年まで菌血症と重症感染症の病態の混同が続いていました。血液培養を行うことで血液中の細菌を証明することができますが、重症感染症の人で必ずしも菌血症となるわけではありませんし、菌血症だからといって必ずしも重篤な臓器障害を起こすわけでもありません。さらに、感染の原因は細菌以外にもウイルスや真菌も考えられます。敗血症の理解のためには、感染性微生物そのものの影響とは別なアプローチが必要になってきます。

 

Budelmann G. Hugo Schottmüller, 1867-1936. The problem of sepsis. Internist (Berl). 1969 Mar;10(3):92-101.

 

 

敗血症の診断基準作成とSepsis-1

 1989年にBoneらが提唱した「sepsis syndrome」という概念を元に、1991年に米国の集中治療医らにより「感染による全身性炎症反応症候群(Systemic Inflammatory Response Syndrome ; SIRS)」が提唱され、1992年に敗血症は「感染によって発症したSIRS」と定義されました。世界で初めて、敗血症の定義ができたのです。今ではこの時の定義は「Sepsis-1」と呼ばれています。診断基準は、感染症を背景に、「SIRSを2項目以上満たすもの」とされ、臓器障害や循環不全、血圧低下を伴うような敗血症は重症敗血症(severe sepsis)、適切な補液でも血圧低下が続く重症敗血症は敗血症性ショック(septic shock)と定義されました。

Bone RC, et al. Definitions for sepsis and organ failure and guidelines for the use of innovative therapies in sepsis. The ACCP/SCCM Consensus Conference Committee. American College of Chest Physicians/Society of Critical Care Medicine. Chest. 1992 Jun; 101(6):1644-55.

Sepsis-2の作成

 Sepsis-1は、診断基準を満たしやすいものの、かならずしも敗血症と呼べるような重症病態とも限らないといった問題がよく指摘されました。呼吸が早く体温が高ければ基準を満たします。例えば、体温が38.5℃で呼吸を3秒に1回より早いペースでしていれば敗血症の診断基準を満たしますので、みなさんおなじみのインフルエンザでも簡単に基準を満たしてしまいます。敗血症は感染契機の重症病態だと考えられていたはずなのに、軽症を拾い上げすぎてしまうと診断基準としては問題です。

このため、2001年に米国や欧州の専門家も交えて新たな診断基準が作成され、今度は敗血症を「感染による全身症状を伴った症候」とし、さらに24項目からなる詳細な診断基準(sepsis-2)が作成されました。しかし、この診断基準の最大の欠点は、24項目も覚えられないという点にあります。そして、これだけの詳細な振り分けを行なっているにもかかわらず、なおも軽症を拾い上げてしまうという状況にありました。これまでの敗血症の定義や診断基準は、体に起こった炎症反応に着目されていました。しかし、実は感染症に対する体の反応は炎症反応(外敵と戦うための免疫反応)だけでなく、それを制御するための抗炎症反応(免疫抑制反応)などもおこることとわかってきました。敗血症の理解のためには、もう少し着眼点を変える必要が出てきます。

 

Levy MM, et al. 2001 SCCM/ESICM/ACCP/ATS/SIS International Sepsis Definitions Conference. Crit Care Med. 2003 Apr;31(4):1250-6.

 

 

 

Sepsis-3の作成から現在

 2016年、今度は臓器障害に焦点を当てて、敗血症を「感染に対する制御不能な宿主反応に起因した生命を脅かす臓器障害」、診断基準を「感染が疑われ、SOFA総スコアが2点以上急上昇したもの」とし、敗血症性ショックも定義されなおされました。日本版敗血症ガイドラインもこれを踏襲し、敗血症は「感染症によって重篤な臓器障害が引き起こされる状態」、敗血症性ショックは「敗血症の一分症であり、急性循環不全により細胞障害および代謝異常が重度となり、死亡率を増加させる可能性のある状態」と定義されました。

 SOFAスコアはもともと1994年に、集中治療室において臓器障害の度合いを測る目的に作成されたものです。生命を脅かす臓器障害という定義に合致するよう、院内死亡率をよりよく反映するスコアリングシステムを検討した結果、これが選ばれました。しかしSOFAスコアはそもそも集中治療室において使用されるものなので、集中治療室以外において敗血症診断する方法が欲しいところです。そこで、Sepsis-3では集中治療室以外で敗血症を疑うためのツールとしてquick SOFA(qSOFA)というものが作られました。qSOFAは何らかの感染症が疑われる状況で、「意識変容=GCS15未満」「収縮期血圧100 mmHg以下」「呼吸数22/分以上」のうち2項目を満たすかどうかを判断するものです。これを満たす場合には敗血症を強く疑い、集中治療室での治療を念頭において対応することになります。

 現在はこのSepsis-3が世界中で敗血症の定義、および診断基準として用いられています。また、診断プロトコルも提示されています。さらに有用な診断基準がないかという点に関しては、日々研究が進められています。

 

Sepsis-3における敗血症の定義と診断基準

Singer M, et al. The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA. 2016 Feb 23;315(8):801-10.

Vincent JL, et al. The SOFA (Sepsis-related Organ Failure Assessment) score to describe organ dysfunction/failure. On behalf of the Working Group on Sepsis- Related Problems of the European Society of Intensive Care Medicine. Intensive Care Med. 1996;22(7):707-10.

 

Sepsis-3の問題点

 Sepsis-3発表後は、その精度を検証した報告が多数でていますが、現時点ではほとんどが後ろ向き研究であり、qSOFAやSOFAスコアをいつ評価したのか(初期トリアージではなく最悪値としてデータ抽出した研究が多い)、感染症疑い症例の抽出の仕方は妥当なのか、という問題点をかかえています。その中で,Sepsis-1とSepsis-3とでどちらが有用であるかを検討した報告はばらばらの結果になっているのが現状です。本邦でも日本救急医学会Sepsis Registryに登録された重症敗血症患者を後ろ向きに解析してSepsis-3を検証しています。この検証では, 16%でqSOFAが陰性であり、そのうちの16%が死亡しています。精度比較では、qSOFAはSIRSよりも死亡予測能が高いですが、SOFAスコアよりは低いとの結果で、Sepsis-3作成時の研究(Sepsis Definitions Task Forceの研究)とは真逆の結果になっています。以上から、現時点ではSepsis-3がこれまでの敗血症の定義や診断基準よりも優れているかどうかはまだ判然とはしておらず、今後のさらなる研究を待たねばなりません。

 その他にも、①何をもって感染症疑いとするかが決められていない、②SOFAスコアそのものが古いスコアリングシステムであり、カットオフ値が現在の集中治療にはそぐわない、③qSOFAが陰性だったときに何に注意すべきなのかが分からない、といった問題点をかかえています。Sepsis-3の診断基準は、これらの弱点を知った上で活用する必要があります。

 

Umemura Y, et al. Assessment of mortality by qSOFA in patients with sepsis outside ICU: A post hoc subgroup analysis by the Japanese Association for Acute Medicine Sepsis Registry Study Group. J Infect Chemother 2017; 23: 757-62.

〒113-0033 東京都文京区本郷3-32-7東京ビル8F

TEL:03-3815-0589 FAX:03-3815-0585

http://www.jsicm.org  http://www.world-sepsis-day.org

c 2017 The Japanese Society of Intensive Care Medicine All Rights Reserved.

〒113-0033 東京都文京区本郷 3-3-12 ケイズビルディング3階

TEL:03-5840-9870 FAX:03-5840-9876

http://www.jaam.jp/index.htm

c 2017 Japanese Association for Acute Medicine All Rights Reserved.

日本集中治療医学会 敗血症情報サイト

敗血症診断の歴史

資料集